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いたばしダイジェスト

50万都市板橋区は、長い歴史と伝統に支えられ今日にいたっています。 そのこん跡は、今でも街の中にひっそりと残っており、これらの多くが史跡や文化財になっています。

板橋区は東京23区の北西部に位置し、東は北区、南から西にかけては豊島区・練馬区と隣接し、西から北にかけては白子川・荒川をはさみ埼玉県と接しています。 区内には、東武東上線・都営三田線・JR埼京線・東京メトロ有楽町線の4本の鉄道路線が走り、主要幹線道路として中山道・川越街道・環状7号線・環状8号線・首都高速5号線が通っており、都心とのアクセスの良い地域です。 また、武蔵野台地北東部と荒川低地をあわせ持ち、豊かな自然環境に恵まれた地域でもあります。

中山道広重美術館所蔵 許可番号 第2010-23号 「延慶本平家物語」という軍記によると、治承4年(1180年)に挙兵した源頼朝が、「武蔵国豊島ノ上滝野川ノ板橋」に布陣しています。ここに地名としての「板橋」が初めて現れ、少なくともこの資料が成立したとみられる鎌倉時代には「板橋」の地名があったことがわかります。 慶長8年(1603年)、徳川家康によって江戸に幕府が開かれると、日本橋を起点とする五街道が整備されました。そのうちの一つ、中山道の第一番目の宿場が「板橋(下板橋)」に置かれ、大都市江戸の出入り口として、また区域周辺の中心的な場として繁栄しました。 地名「板橋」は、明治22年(1889年)の町村制実施によって町名として採用され、昭和7年(1932年)の東京市板橋区誕生に際しては、区名となって現在へと至っています。

  • 板橋エリア
    江戸日本橋から二里半、かつて中山道の宿場として栄えた板橋宿があるエリア
  • 赤塚エリア
    自然と歴史と文化の里・武蔵野の香りが今なお残るエリア
     
  • 志村エリア
    崖線沿いに湧水が豊富だったころの遺跡や名所・旧跡が点在し工業地域の顔を併せ持つエリア
  • 常盤台エリア
    川越道の宿場町として栄え、鎮守や道中安寧を目的とした「社」が数多く残るエリア
     
  • 高島平エリア
    整然と区画された住宅地域と産業拠点の性格を持つ最も広いエリア