特集

いたばしスイーツ 「パティスリー ラ・ノブティック」LA NOBOUTIQUE

「ぶらり、いたばし」最初の食の特集は、みんな大好きスイーツのご紹介から始まります。 気鋭の人気店からクラシックな名店まで、小さなしあわせを生み出してきたパティシエにお話しをうかがいました。

ラ・ノブティックLa Noboutique

日髙 宣博(ひだか・のぶひろ)さん

■ お菓子作りとの出会い

いずれは一国一城の主になりたいと、生まれ育った宮崎を出て料理学校に通いました。家で料理を作ったりするのも好きだったので。お菓子作りの授業が週に一回あって、その時初めて「あ、お菓子って作れるんだ」と。買ってくるんじゃなくって。

お菓子って、形のないところから出来上がるじゃないですか。料理だと、魚とか肉とか野菜とか、食材を切ったり加工したり、素材があってそれが形を変えて料理になる。でもお菓子って、小麦粉と砂糖と、卵と、それがスポンジになり、まったく新たな物が生まれるところに魅力を感じたんですね。自分の想像力を活かせるんじゃないかと思ったんです。専門的な知識がなければ「なんだこれ?何でできているのか分からない」ってものが出来上がる。錬金術的な面白みに惹かれましたね。


あと、今になって思うと魚や肉をさばいたりっていうのが自分にはあまり向いていなかったのかなと。食べるぶんには大好きなんですが。宮崎にいたころは近くに養鶏場もあったし、何しろ本場なんで、親戚の家で集まったりすると、庭を歩いているニワトリを捕まえて、キュッと。それから10年くらい、鶏肉が食べられなくなったんで、そういう記憶の影響があったのかもしれないですね。
■ パティシエ世界選手権へ

1999年に、パティシエの世界選手権大会「メートル・ド・パティシエ」に日本代表キャプテンとして出場しました。その年はチェコのブルノで開催されて、日本チームは部門別で1位、総合では4位を獲得しました。


世界大会は3日間、計18時間の戦いです。日本チーム2人でプチガトー、アントルメ(一台もの)、プティフール(チョコレートなど)、ピエスモンテ(工芸菓子)と、合計16種、何十個ものお菓子を作りました。絶対に優勝できると自信をもって臨みましたけど、小さなルール変更を日本チームだけが知らなかった、ということがあって、総合4位の結果に終わりました。それが意図的だったのかは何とも言えませんが、ただ、そういう“見えない力”って国際大会には付き物なんだなと。でも、大会を観覧しているお客さんによる一般審査では大半の得点が日本チームに入りましたから、やっぱり間違いなく高評価を得られたんだと思います。

国内予選、大会参加、実際のコンペティション、その経験すべてがこやしになってるし、自信にもなっている。誰でも出られるわけじゃないですから。ただ、世界大会そのものよりも、国内予選を勝ち上がる過程の方が大変でしたね。日本はそもそもすごくレベルが高いので。4位に終わった世界への挑戦でしたが内容では確実に勝っていた。観客もみなそう言ってくれていたのは、やはり今の自信につながっていますね。


■ 「低糖質スイーツ」新たな価値観への挑戦

スイーツって何かと問われれば、私にとっては「なくていいもの」ですね。なくったって生きていける。食べられない人だっていますしね。けど、あれば幸せになれる。

低糖質スイーツを作り始めたきっかけは、日本の洋菓子界の重鎮、成城「マルメゾン」の大山栄蔵シェフから、北里研究所病院の山田悟先生をご紹介いただいたことです。世の中には甘いものを食べたくても食べられない人がいて、こんな材料で低糖質を実現すれば、そういう方々でも食べられるようになるんですよ、とアドバイスをもらった。10年ほど前でしょうか。その頃は低糖質のスイーツなんてあまりなかったし、糖質という概念で材料を考えたことがなかった。


でも、それは今までのお菓子作りの中で一番難しかった。結果的に、砂糖と小麦粉の偉大さを痛感させられることになるんです。例えば砂糖には甘さ以外の役割がある。小麦粉には「つなぐ」って機能がある。当たり前のように使っていたこれらの材料を使わずに、手足を縛られたような条件の中で美味しいお菓子を作らなければならない。「ああ、だからこれまでこういうお菓子はなかったんだ」と理解しました。それからかえってチャレンジに火が付きましたね。

ひたすらお菓子の味を追求しようと思っていた20代、30代の頃なら、低糖質スイーツの世界には目もくれなかったでしょうね。視野の狭かった当時なら、そんなもんお菓子じゃないって。それまでの価値観を捨てて、新しいジャンルの意義に気付くには、ある程度の自分の年齢も必要だったんだと思います。その意味でも素晴らしい出会い、経験でした。
■ “技術” と“考えること” の継承

今はお店でのケーキ作りのほか、いくつかの製菓学校で指導しています。また、製菓学校からの研修生も常に数名を受け入れています。昨年はコロナの影響で中止になりましたが、プロのパティシエへの技術指導もしています。製菓技術の継承は独立してお店を出した大きな理由の一つです。手工業的な専門技術を伝えるには自分でお店を持つのが一番いいのかなと。


ただ、技術を伝えるには難しい時代になっているのかなとも思います。もっといい方法はないか、どうやったら上手く行くか、常に考えながら自分を進化させていくしかないのに、何かわからないことがあればすぐスマホで答えらしきものが手に入る。疑問を抱いて、その答えが出てくるまでの間に自分で考えるプロセスがないんですよね。ぼくは毎日のようにスタッフに「もっと考えようよ、考えようよ」って、そればっかりです。情報は世の中にものすごくあふれているけど、お菓子作りの本当の難しさは、Youtubeやネットでは伝わらない。

しっかりした技術を持っている職人はこれからどんどん減っていく、だからこそ希少価値が上がる。自分で考えて自分のお菓子作りができる、そんな職人をひとりでも多く送り出すことが自分の役割だと思っています。


文・写真 = 小笠原 努
Information

常盤台2-6-2 池田ビル1F
TEL:03-5918-9454

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次回の特集は

「ぶらり、いたばし」次回の食の特集は 「いたばし世界グルメ旅行(仮題)」と題して、板橋区内で楽しめる本格的な各国料理の数々を大特集します!お楽しみに。